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生田正治・商船三井最高顧問(日本郵政公社初代総裁)に聞く 

2012年04月24日

【輸送経済(http://www.yuso.co.jp/)】
 日本郵政グループの完全民営化を見直す名目の「郵政民営化法改正案(=郵政民営化見直し法案)」が4月中にも成立する。日本郵政公社の初代総裁を務め、民営化に向け郵政改革に尽力した生田正治商船三井最高顧問は、同法案を「民営化の基本的な否定」と指摘。「国民の利益に反し、国家的ダメージになりかねない」と、民営化路線を逆行しつつある郵政の今後を危惧。〝暗黙の国家補償〟が付く郵政の在り方を「国際常識を無視している」と斬る。
 ――成立寸前の「見直し法案」をどう評価する。
 生田 法案は、民営化を基本的に否定するものだ。成立すれば、郵政民営化の基本線が損なわれる。国民の利益に反することになり、国家的なダメージになりかねない。国民への〝目くらまし〟のような姑息(こそく)なやり方で、非常に残念だ。
 ――何が問題なのか。
 生田 「なぜ民営化が国家と国民の利益にとって重要か」という、完全民営化の意義に照らした政策論議が100%欠落している。
 ――民営化の意義とは。
 生田 事業の効率化と「民業圧迫」の解消だ。いま、金融2事業(郵貯、簡保)の資金は275兆円ほど。こんなばく大な資金を持つ金融機関は世界でも類を見ない。その資金の9割が国債や財投債などで「官」に回り、運用利回り(生産性)も悪い。「官」が容易に資金調達できるという点で財政規律が緩み、結果、財政破綻の一因にもなっている。
 ――金融2事業の株式売却は財政安定のためにも最重要だった。
 生田 売却の度合いでビジネスモデルを開放し、生産性を高め、他の金融機関と同じような利益率を出せれば、郵政も日本経済も良くなる。それを日本経済の持続的成長につなげるというのが民営化の大きな目的だ。
 ――「民業圧迫」の問題もある。
 生田 ばく大な資金を「官」が持つので、郵政には実質〝暗黙の国家補償〟が付く。(政府の認可が必要なため)内容は限られるが、ビジネスモデルは民間と同じ。つまり、壮大な「民業圧迫」といえる。
 ――国際的に見ても、いまの郵政の在り方は異常ではないか。
 生田 特に〝暗黙の国家補償〟という点は、国際常識を無視した不公正で認め難いもの。日本がTPP(環太平洋経済連携協定)に参加できなくなる可能性もある。
業績の良悪は経営力の問題
 ――郵便事業は赤字続きで業績が不安定。
 生田 業績の良し悪しは経営力の問題。郵便だけを見れば、民営化以前から業績は悪く、公社総裁着任時は債務超過が5800億円ぐらいになっていた。
 ――公社時代、改革に力を注いだ。
 生田 当時、5.7%だった「ゆうパック」の市場シェアを10%に近づけ、黒字転換しようと大号令を出し、合理化を進めた。総裁を務めた4年間は黒字を達成。現場の盛り上がりとともにシェアも9%近くまで高めることができた。
 ――郵便事業に求められるものは。
 生田 私が公社時代、「ゆうパック」を伸ばし、国際のビジネス拡大を図ったように、もっと広い目線で分野を開拓し、利益構造の健全化を図らなければならない。
 ――「ゆうパック」と「ペリカン便」の統合問題もあった。
 生田 民営化とは別だが、やはり経営に問題があったと思う。大きな統合であり、前もって黒字化に向け、互いの持てるインフラを十分整理した上で、強い経営意思で相乗効果を挙げるべきだったが、あるがままに統合した側面もあるのではないか。
正々堂々競争できる環境を
 ――民営化見直しで考えられる影響は。
 生田 「民営化の基本的な否定」で迷惑を被るのは国家、国民だが、直接被害を受けるのはグループで働く人たち。彼らの多くは、〝暗黙の国家補償〟が担保された中ではなく、正々堂々と競争できる環境で、実績を挙げたいという気持ちが強いのは確かだ。
 ――彼らを生かすのに必要なのは。
 生田 トップが経営的発想を強めることだろう。一部で改革を嫌がり既得権維持を求める者はいても、大多数の郵便局長や局員は改革心を持ち、明確な経営ビジョン、戦略を待っている。それがないままでは、彼らの実力を生かすことはできない。
 生田 正治氏(いくた・まさはる) 昭和10年1月19日生まれ、77歳。兵庫県出身。昭和32年慶大経卒、三井船舶(現・商船三井)入社。62年取締役北米部長委嘱、平成6年社長、12年代表取締役会長。名誉顧問、相談役を経て、22年最高顧問。11年から2年間日本船主協会長、12年から3年間経済同友会副代表幹事、15年から4年日本郵政公社総裁を歴任。
<解説>
 郵政民営化実現の鍵は、郵政3事業の共通基盤である、全国の郵便局ネットワークの見直しだった。生田最高顧問は公社総裁在任時、「完全民営化のため、できる限りの改革を進めた」。
 平成16年に「郵政民営化法」が成立。19年10月に「日本郵政グループ」が誕生し、形式上では民営化がスタート。
 しかし、自民党から民主党に政権交代後、「実質再国有化路線に向けて逆噴射を始めた」(生田最高顧問)。21年、政府が100%保有する日本郵政の株式売却を凍結する法案が成立。22年の「郵政改革法案」提出で民営化路線逆行は、加速した。
完全売却義務が〝精神規定〟に
 民営化見直し法案は、当初の郵政改革法案を取り下げ、(1)郵政グループ5社を4社に再編(2)郵便と貯金・保険を郵便局で一体的に提供(3)日本郵政株を政府が3分の1持ち、残りは早期に処分(4)金融2事業株式の全処分を目指す――などが盛り込まれた。
 郵政民営化法は、日本郵政の持つ金融2事業の株を「平成29年までに売り切る」ことを義務化。だが、今回の見直し法案では、株式売却についてはあくまで努力義務とされ、「民営化反対派も推進派も都合良く読めるような〝精神規定〟」(同)にすり替わった。
 一方、郵便物の取り扱いは13年をピークに減少傾向。郵便物の集配や「ゆうパック」を扱う郵便事業は、「民」である日通「ペリカン便」吸収を経てもなお、赤字が継続。「5年程度で単年度黒字化」の目標を掲げるが、具体的な改善計画は不明確のまま。再建の道筋が見えないのが現状だ。
<記者席 本質見抜く「切れ者」>
 商船三井でも、日本郵政公社でも、トップ在籍時は、迅速な判断力とぶれのない理念で〝改革〟を推し進めてきたイノベーター。
 「切れ者」ならではの本質を見抜く眼光で、現代日本の在り方にも苦言を呈す。「政治も、マスコミも、社会制度も、全て供給者の立場で成り立ってしまっている。なぜ消費者の立場に立てないのか」。その構図は、目下の課題である原発問題やTPP問題にも当てはまる。
 「どれもこれも目線が一方的過ぎる。マスコミもその流れを表面的に読むだけ。本質的なことを書ける記者になってくれ」とお叱りと激励。記者として、この言葉は忘れまい。