延 嘉隆の物流砲弾<4>「不動産」を軽視する物流業経営者の悲哀 
少し前のこと、土地開発公社の処理に6000億円超の公金が使われ、所有する土地が塩漬けになっているという記事が一般紙に掲載された。
土地開発公社の処理に公金6千億円超 塩漬けで借金膨張(朝日新聞)
http://www.asahi.com/articles/ASK4M2JJ5K4MUTIL001.html
当該記事とは直接的な関係は無いが、物流業において、良くも悪くも“不動産”に関して的確な理解が得られていないケースが多い。改めて、“不動産”について基礎的な部分に触れておきたい。
不動産には、「簿価」と「時価」、あるいは「利回り」など、様々な数字の見方がある。一口に“不動産”といっても、必ずしも「簿価」あるいは税金等の課税のもととなる「評価額」で、実際の土地が取引される訳ではない。ザックリいえば、一部の大都市圏を除けば、その大半は、多くの人が「そうだ」と思っている価格よりも安く取引される。森友問題における値下げ幅は極端だとしても、3分の2や半分程度で取引されることはザラにある。つまり、相応の価値があると思っていた不動産が二束三文というケースは結構あるのだ。このような視点から、自社の事業用不動産を見直してみる必要はある。
一昔前、この国の金融機関は、「不動産」を担保に融資をした。その評価額が著しく下落していることは企業経営上、色々な点で問題を引き起こした。無論、この逆パターンもある。大都市の一等地、あるいは、何かしらの開発が予定されている場所など、「簿価」よりも高い価格で実取引される場所がある。東京の一等地は、最たるものだ。
このような場所では、会社の売上10億円、会社が有する資産数百億円ということが起こり得る。そして、理論上、売上100億で資産0円の会社より、財務上の評価で、前者の企業価値(=株価)が高くなることも起こり得る。
不動産が物流業にとって重要であることは、キチンと根拠がある。なぜならば、物流業は、固定資産税の納税ベースで、製造業の次に不動産を有している産業だからだ。それなのに、リーマンショック以前、企業のCRE(Corporate Real Estate)戦略が注目された時、物流業でも、関心が集まるだろう・・・と思いきや、思いのほか、そのような考え方は広まらなかったのが実情だ。
■「売上アップ、コストダウンで利益が増える」定説
物流業界では、マテハン機器やシステムなどに関心が集まる傾向がある。「投資額」に着目すれば、不動産は、マテハン機器やシステムとケタ違いに金額が大きい。しかし、その点に着目する向きは少ない。企業活動の本質が、「投資とリターン」にあるならば、最も大きな投資に無関心なのが物流業界の一つの側面と言えよう。
“物流マン”の大半は、最も投資額が大きい不動産(事業用資産)をおざなりにして、多少のムダこそ省けど、然して、ビジネスの価値を増大させるワケでもない、オペレーション設計の“仕組みづくり”だけに血眼になっているのだ。無論、オペレーションの質の向上は大事なことではあるが、ビジネスの全てではない。企業経営全体を俯瞰すると、それはパーツの話なのだ。
しかし、「売上を上げて、コストを下げれば、利益が増える」との定説が疑われることなく業界に浸透し、金科玉条となっていることに驚愕する。なぜならば、プラスに越したことはないが、仮にオペレーションが赤字でも、分母が大きいアセット(事業用不動産)を絡めた収益モデルを確立すれば、行って来いでプラスになることは侭あるからだ。寧ろ、トータルの利益は、ケタが一つ大きくなることもある。
現場改善が全て・・・と疑わない様は、言ってしまえば、物流マンの多くに「経営視点」、「ビジネス視点」が欠落していることの証左だ。利益が増えるワケでもないオペレーションの深掘り、“マゾヒズム”な改善だけに心血を注ぐことは、自己満足といった側面があることを指弾しておきたい。ビジネスたるもの、視線と思考の先に“儲け”を見据えない限り、本当の解決の糸口など見えてこないのだ。
もともと、ロジスティクスという言葉は、軍事用語だ。ゆえに、“拠点”をどうするか?という点は、永遠に重要課題であり続ける。物流業における“拠点”とは、即ち、不動産(倉庫、物流センター、トラックターミナル等)だ。俯瞰して業界を見れば、結局、ここの手の打ち方に成功している企業が、勝っている企業であることは一目瞭然だ。
それなのに、「俺は物流業だ。不動産業に成り下りたくない」的な意見を、頻繁に、耳にすることに、甚だ違和感を覚える。その手の意見は、「私は、物流業の経営そのものを全く理解しておらず、単なる下請けとして、お客様から、言われるがまま、為されるがままに、汗をかきます」と、超絶怒涛の“どM”を宣言しているようなものだ。
ついでにいえば、「人生で一番高い買い物は何ですか?」と問い掛ければ、大半の人の答えは「マイホーム」、即ち、「不動産」だ。見方を変えれば、物流業の人たちは、人生で一番大事な買い物をする時に、軽視している人たちに全てを託していることになる。そう考えると、この手の先入観、固定概念を持つのはオカシクないだろうか? そのメンタリティーは、ジェントルマンとは、ほど遠い。
私は、物流業に散見される「不動産軽視の視点」こそが、ブーメランとして自らに跳ね返り、自らの地位を貶めている一因ではないかと思うときがある。更にいえば、あまり褒められることの無い業界ではあるが、物流業の発注先(例えば、人材会社、梱包資材会社、物流関連機器メーカーなど)に“傲慢”な態度を取る人が多くないだろうか? そのような様を目の当たりにする度、不愉快でならない。自らが、その態度を改めない限り、業界全体の地位向上は無い。
■ノンアセット主義という幻想
話を戻そう。経営状況を開示している物流企業の決算を隈なく見れば、安定的に利益を出している企業は、不動産を有していることが多い。そして、不動産に起因する収益もことのほか大きい。
その理由は大きく2つある。一つは、単純に、金額のケタが違うこと。もう一つは、減価償却が終わった倉庫は丸儲けになることだ。
それなのに、“ノンアセット”という言葉が、あたかも正しい戦略であるかのごとく喧伝される物流業界の論調を稀有に感じる。前文でも記したが、“ノンアセット”主義を唱えているのは誰か? ということを冷静に見れば、そのレトリックに気づく筈だ。
比較的、強い立場でプレー出来るコンサル、アジアを一括して受注し、多国間で帳尻を合わせる(日本をダンピングする代わり、中国で儲ける手法が通用する)外資系のグローバル企業、あるいは、その逆に、アセットを所有する事業資金を引っ張る与信が無い企業であることが、実態ではないだろうか。多くの物流事業者は、前者のプレイヤーとは立ち位置が異なる。だからこそ、強いプレイヤーの猿真似をしても、得をしないことがあるのだ。
資本主義における企業経営、ビジネスの本質が「投資とリターン」である限り、適時適切な投資を実施。それを、キチンと回収し、再投資をしていく好循環を確立しなければ先は無い。然したる投資をせず、リスクを取らないのだから、リターンは無い。当然の話だ。
本文では詳細説明を避けるが、今日、不動産投資(または、売却)に関して、様々な手法論がある。また、ファイナンス手法もかなり充実してきた。ゼロ金利の時代に、物流不動産に着目しない企業は、“現場力”に磨きを掛けるやり方もあるが、物流不動産否定論者の“現場力”に感動したこともまた無い。何より、ことの本質は、「物流不動産」か「現場力」かといった二択ではなく、どっちもやればいいという点にある。そして、やるべきことをキチンとやれば、相応の利益を確保することは難しくは無い。
そのことを放棄して、失敗しないやり方だけに終始することが、今日の物流業界の均衡縮小、悲劇のヒロイン病が蔓延する一因になっているのではないだろうか?
●延嘉隆氏プロフィール・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
株式会社ロジラテジー代表取締役。
物流企業経営の視点で、財務戦略(事業承継・M&A・企業再生)・マーケティング戦略を融合し、物流企業の価値を上げる物流コンサルティングファームとして評価が高い。
物流企業を中心に、事業承継・相続、物流子会社の売却など、“ロジスティクス”、“卸”、“小売”などの財務課題で、卓越した経験を有する一方で、物流現場に作業員として入り、作業スタッフとの対話に勤しむ一面も。延氏の詳しいプロフィールはコチラ。