延 嘉隆の物流砲弾<7>日本郵政「野村不動産買収」から垣間見る、大いなる無知 
5月中旬、「日本郵政が野村不動産買収を本格検討」との見出しがメディアに踊った。その一ヶ月後、「買収交渉中止」とのニュースが流れた。このニュースを受け、実に、多種多様な人による解説がなされ、それらを興味深く拝見した。個別事案としては、既に、終わったことであろうが、今一度、“不動産”に着目されたこのニュースについて述べてみたい。
筆者の意見を述べれば、「日本郵政が置かれている諸状況に鑑み、同社の経営戦略における効果的な案を示せる訳では無いため、“不動産”に着目した点は評価すべきだと考える」、また、「圧倒的な資産規模を誇る日本郵政が、自社の資産に着目するのは当然のことであり、他社を凌駕出来る“強み”を武器に戦うのは常套手段」だと考える。
逆説的にいえば、「もし、あなたが、日本郵政の経営者・経営陣だとして、この報道を上回る戦略・戦術を言えますか?」との命題があった時、妙案を答えることが出来る人も少ないのではないだろうか。
私は、一連のニュース自体よりも、メディアやSNSに溢れる、色々な立場の方の解説に興味が湧いた。はからずも、このニュースに関するコメントは、書いている人の視座や思考性、あるいは、ビジネス理解力みたいなものを如実にあらわしたからだ。
大まかにいえば、不動産関係者は、日本郵政の資金力や資産、端的にいえば、不動産の“仕入れ”のアドバンテージに着目。物流関係者は概ね、違和感を示し、ネガティブに評価。証券・金融関係者は、野村不動産の資産状況説明や、統合を想定したシナジーなどに言及。自分の頭で考えない人たちは、“識者”のコメント受け売りの「経営者ダメダメ論」、あるいは、両社の「ビジネスチグハグ論」に終始した。各主張のスタンスの違いが実に面白かった。
脱評論家体質!パクる、真似るは成功への第一歩
「物流不動産NEWS」から連載のお声掛けを頂いた背景やご期待を“忖度”すれば、物流関係者の中から、「なぜ?」、「この話のどこがオイシいの?」という声が出てこないあたりが、「売上を上げてコストを下げれば利益が上がる」という“P/L神話”一辺倒の思考性、勉強不足、経験不足を顕著に露呈している。
同時に、何度も言うが、“DOY”(だったら・お前が・やってみろ)という、使えるビジネスマンの原理原則にもとづけば、メディアや識者を除けば、評論することに価値は無い。多分に漏れず、このニュースを踏まえて、改めて、業界総評論家体質を目の当たりにし、辟易したものだ。浅い思考で論評し、評論家を気取るぐらいなら、未体験のことと相対した時、もっと、“パクる”、“真似る“といった癖をつけた方がマシだと率直に思う。
・・・・・・ ここで、改めて、読者の方に質問したい。 ・・・・・・・
もし、あなたが、日本郵政の経営者だったら・・・
Q1.日本郵政のビジネス上の優位点(バリュー)は何ですか?
Q2.経営者として、この局面でどのような手を講じますか?
多くの物流関係者は、実は、このシンプルな質問に明確な解を持ち得ていない。それにも関わらず、あ~でもない、こ~でもないと、薄い知識と浅い思考でモノをいうので、いかがなものかと感じてしまう。
そして、この解は、ググっても出てこない(笑)
とにもかくにも、物流関係者は、自分の頭で考える、脳みそで汗をかくクセが無い。今回の件で一つだけいえるのは、日本郵政本社の社員は元官僚。(色々と制約もあるので)ビジネスセンスがゴリゴリ高いかはともかく、相応に、頭はいい。少なくとも、その人たちがやっていることだ・・・ということは理解した方がいい。
以下は、妄想でしかないが、もし、私が、日本郵政の経営者だったら、全国に張り巡らしたネットワーク(機能性)もさりながら、やはり、圧倒的な資金力と資産に着目する。資本金 3兆5,000億円、連結売上高 約14兆2,575億円という規模をまずはキチンと理解すべきだ。傘下に、「ゆうちょ銀行」や「かんぽ生命保険」があるとはいえ、業界最大手の日本通運の資本金 約701億円、連結売上高1兆9,091億円と比べても、桁が異なる。
ゆえに、この日本郵政の規模感からすると、野村不動産HDの連結高 5,671億円の経営規模など、たかがしれており、数ある大手不動産会社のなかで株式譲渡の交渉に応じてくれる可能性があった。単に、それだけの話だったのではないだろうか。
多くの人は自分が見たいと欲することしか見ていない
昨今、社会全体に、M&Aに関して、“高掴み”、“のれん地獄”とネガティブに捉える風潮がある。しかし、買収時の「ターゲッティング」と、十全な「PMI(Post Merger Integration;M&A成立後の統合プロセス)」クリアを前提にすれば、ステレオタイプな捉え方だと思えてならない。また、表現は悪いが、M&Aなんぞ、カネ持った会社の専売特許なので、今回の手法論自体が問題だとは思わない。
もっとも、同社Gの物流センター開発などで、情報交換をすることはあれど、私とて、野村不動産G全体のビジネスをつぶさに知らない。ゆえに、日本郵政が有する資産(主に、不動産資産)の価値向上に、同社が最適かどうかは解らない(私自身の知見が無い)。が、しかし、“不動産”という狙いどころは、とても良いというのが、私の率直な感想だ。
カネ持ちにはカネ持ちの戦い方があるし、長い目で物流企業の経営を見たとき、上手くいっている会社は、良い立地に不動産を有し、安定的な不動産収益がある。それは厳然たる事実であるし、そのような会社の社員の給料も、学歴も、得てして高い。この事実をどう捉えるかは、経営者次第だし、是非論を議論すべき事柄では本質的に無い。
物流業界には、どこか“不動産”を毛嫌いする風潮がある。しかしながら、人口が減り、単価が下がり続けていく社会において、果たして、今のままで明るい未来は訪れるのだろうか。不動産を凌駕する経営上の“秘策”でもお持ちなのだろうか。私には、単に、未経験のこと、理解を超えたことを否定している、つまり、見ないようにしているだけにしか見えない。
最後に、ズバッ!と本質を突けば、物流業界に散見される不動産嫌いの正体は、実は、不動産が嫌いなのではなく、不動産を絡めたプレーが出来ない、即ち、与信や財務力(ファイナンス力)の観点から、手を出せないだけ・・・なのではないだろうか。
規制緩和で倉庫業への参入も容易になったが、例え、参入障壁が下がっても、与信や財務力は緩和されるワケではない。長い目で、物流企業の経営を見ていると、ここに勝ち負けの一つの本質があると私は思う。
本文を、ローマ帝国のカエサルの、「人間なら誰でも全てが見えるわけではない。多くの人は自分が見たいと欲することしか見ていない」という言葉で締め括りたい。
●延嘉隆氏プロフィール・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
株式会社ロジラテジー代表取締役。
物流企業経営の視点で、財務戦略(事業承継・M&A・企業再生)・マーケティング戦略を融合し、物流企業の価値を上げる物流コンサルティングファームとして評価が高い。
物流企業を中心に、事業承継・相続、物流子会社の売却など、“ロジスティクス”、“卸”、“小売”などの財務課題で、卓越した経験を有する一方で、物流現場に作業員として入り、作業スタッフとの対話に勤しむ一面も。延氏の詳しいプロフィールはコチラ。