大家さん考 - 127 
一般的に大家さんといえば、賃貸住宅や賃貸ビルなどのオーナーを指す言葉として認識されている。倉庫の大家さん、とはあまりいわないかもしれないが、これも賃貸していれば同じことだ。しかし厳密にいうと、「オーナー=大家さん」は正確ではない。本来の言葉の意味では、大家とは家賃を受け取る人、つまり貸主のことを指していたようだ。
例えば江戸時代。庶民が暮らす裏長屋はおもに表通りから少し入った路地裏に密集しており、そのオーナー(家主)は表通りに面した店の主人であることが多かった。この店の主人が貸主であれば「オーナー=大家さん」という図式は成り立つが、しかし実際はそう単純ではない。オーナーの本業は表通りの店の経営で、長屋はあくまで裏地の有効活用のために建てられたもの。副業だから、家賃の集金や維持管理、入居者募集などといった業務は自分がでるまでもない。専門の人材にまかせた方が効率的ということで、オーナーから雇われた専業の大家さんが登場するのである。こうした雇われの大家さんは家守(やもり)とも呼ばれ、長屋の実質的な貸主として采配を振るったのである。貸主というとサブリースを思い浮かべるかも知れないが、その実際の役割は現代におけるPM(プロパティーマネージャー)とほぼ同じといえばわかりやすいだろうか。
現代ではテナントとの折衝や建物の維持管理は当時よりさらに高い専門性が求められているが、資金不足を理由にPMへの委託を渋るオーナーは少なくない。特に賃貸倉庫では、PMという役割そのものがまだ浸透しきっていないといっていい。ならばオーナー自らが「大家さん」としての能力を高めなければならないのだが、現実にはどうだろうか。
落語や時代劇に登場する裏長屋の大家さんといえば、面倒見がよくて博識で、店子のことは何でも知っていて、時には夫婦喧嘩の仲裁までしてくれる、そんなイメージを抱く。「大家といえば親も同然」という言葉もあるくらいだし、良い長屋になるか否かはまさに大家さんにかかっているのだ。時代が変わっても、それは変わっていない。
今日では、オーナーを名乗ろうと、大家さんと名乗ろうと、それはもちろん自由だ。しかしテナントにとって頼りになるのは、はたしてどっちだろうか。
(久保純一)2015.11.20