物流不動産ニュース

物流、物流不動産、倉庫を網羅した
最新ニュース・情報を発信しています。

  • メール会員情報変更
  • メールマガジンバックナンバー
  • ニュースメール配信登録

パンテオンとインスラ 

ヨーロッパには古代ローマ時代の建造物が多く残っており、現役で使用されているものも少なくない。パンテオンなどはその代表格といっていいだろう。当時のものがこれほど長く残っている理由のひとつに挙げられるのが、その構造材。ローマンコンクリートと呼ばれるものだ。

成分や環境、使用される部位などによっても変わるが、現代の一般的なコンクリートの寿命は100年ほど。一方のローマンコンクリートは2000年を経てなお現役だ。その成分は長らく謎とされていたが、近年ようやく長寿命の秘密が解き明かされつつある。研究過程で開発された高強度コンクリートの試験的な使用も始まっており、インフラや軍事施設など、特に強度が必要とされる場所での活用が期待されるという。

パンテオンやコロッセオ、水道橋や道路など、当時でも特に重要な建造物にローマンコンクリートが使用されたのは納得できる。では当時の一般的な建物はどうだったのだろう。

古代ローマにおける住宅はおもに二通り。貴族や裕福な市民が住んだドムスと呼ばれる邸宅か、一般庶民が暮らすインスラである。ドムスは映画にでてくるローマ貴族の豪邸を思い起こせばいいとして、興味深いのは当時の高層アパートであるインスラだ。

典型的なインスラは4階建てから7階建て。見た目は今日みられるような箱型のビルに近い。1階が食堂や商店といった貸店舗で2階以上が住居となっており、住居の入り口と商店の入り口は別に設けられていた。1つの階に複数の居室があるなど、今日における賃貸ビルの原型は当時すでに完成されていたといっていい。とはいえ1戸あたりの面積は狭く、水道も下水道もなし。なかには9階建てのものもあったというから、水を運ぶだけで相当に苦労しそうである。もちろん家賃は上階のほうが安い。

こうしたインスラは、基本的に地主が自分の資金で建てるもの(ローマは賃貸経営者発祥の地でもあったのである)。建築基準法などはなく、当然ながら安普請。部材は主にレンガや木材などで、後期にはローマンコンクリートが使われた例もあるようだがその強度はたかが知れていよう。そのため倒壊するインスラが続出し、たびたび高さ規制が出されたというが効果のほどは疑わしい。庶民は日々自宅倒壊の恐怖と戦いながら寝についたのである。

ちなみに、古代ローマを代表する政治家にして哲学者であるキケロも賃貸経営者。複数のインスラを所有し、現代の価値換算で年間数千万円の収入があったという。そのうちひとつが倒壊した際、新しいインスラを建てればもっと多くの家賃を得られると喜んだという逸話が残る。この一事を持ってインスラ経営者の典型とするわけではないが、筆者がキケロをちょっと信用できない理由のひとつである。

さて、パンテオンは公共物であり、一方のインスラは投資用だ。目的も規模もちがう両者の優劣を単純に比較することなどできないが、一方が今日まで残り、一方で倒壊が相次いだというのもまた事実。建造物の運用と不可分である不動産経営において、何がいちばん大切かを暗示しているようではある。歴史的にみて、構造物の重要度と強度は比例する。家賃を生んでくれる建物が重要でないはずはないのだが。

久保純一 2017.05.05