大規模木造建築の可能性 
倉庫や物流施設を新築する場合、その構造は鉄骨造、鉄骨コンクリート造、鉄骨鉄筋コンクリート造の3通りから選ぶのが一般的だろう。そこにもうひとつ、木造という選択肢が生まれるかもしれない。
木造の倉庫といえばかつての主役。下見板張りの平屋建てや、木組みの柱と梁にトタン葺きといったものをイメージしてしまうが、いずれも比較的規模が小さく、時代の移り変わりとともに求められる機能を満たすことができなくなって数を減らしている。今日の目で見れば従来型の木造建築は倉庫や物流施設のような大規模建築には最適とはいえず、建物の強度や耐用年数からも疑問が多い。しかし2000年の建築基準法改正によって耐火構造の木造建築物の建築が可能になり、徐々にではあるがさまざまな用途の木造建築が増えている。さらに近年様々な木造工法や建材が開発されたことで、大規模木造建築も姿を見せ始めているのである。
近年におけるその嚆矢となったのは、2013年に竣工した「下馬の集合住宅」だろう。木造(一部RC造)5階建て、延床面積約372㎡の堂々たる“木造ビル”は設計開始から完成まで足かけ9年をかけたといい、木造建築にかけるオーナーの情熱を感じる。以後、2013年3月にオフィスビル「大阪木材仲買会館」(地上3階、延床面積1032㎡)、同年10月には商業施設「サウスウッド」(地上3階、延床面積10874㎡)、2016年には高齢者介護施設「花畑あすか苑」(地上5階、延床面積9789㎡)などが竣工している。倉庫では2013年竣工の「日新木造倉庫」(地上1階、延床面積1740㎡)がベンチマークだろう。木造の大規模建築は、もはや珍しいものではなくなってきているのだ。
では木造建築のメリットは何かといえば、まず挙げられるのが「木のぬくもり」。次いで「環境負荷低減」や「短い減価償却期間」、「建築コスト減」など。木のぬくもりは誰もが感じることだし、木がCO2を吸収して大きくなり、取り壊しで生じた廃棄物も焼却できるのだから環境負荷が少ないのもわかる。重鉄骨造や鉄筋コンクリート造に比べ、原価償却期間が短いのも常識だ。では建築コストも安いというのは本当だろうか。
木造住宅の建築費が鉄筋コンクリート造などと比べて安いのはいうまでもないが、実はこれ、規模が変わっても当てはめることができるのである。木材は基本的に鉄骨や鉄筋コンクリートより安いし、昨今の建築資材高騰でその差はさらに広がったといわれている。また木材は加工も簡単なため工期も短くて済み、軽いわりに強度が高いため建物を強固にする必要がない。建物が軽量で強靭なら、基礎工事の規模も小さくて済む。工法や構造にもよるが、現在建築可能な規模の木造建築であれば、鉄骨造や鉄筋コンクリート造より建築費を安くできるという認識で間違いはないだろう。
大規模木造建築の普及は行政も後押ししている。2010年には、森林保全という観点から公共建築物への木材活用をすする「公共建築物における木材の利用の促進に関する法律」が施行され、公共建築物に木材を使用する際は予算的な支援も行うという。国土交通省では先導的な木造建築技術の普及啓発を目的に「サステナブル等先導事業(木造先導型)」を実施しており、採択された物件には補助が支給されている。さらに林野庁では平成37年の木材自給率50%という目標を立て、さまざまな施策を行っている。大規模木造建築は、行政のトレンドでもあるのだ。
しかしながら木造建築にもデメリットがないわけではない。建築費が抑えられるとはいえ設計施工にはノウハウが必要だし、大規模木造建築を手掛けられる設計者も現場技術者も足りていない。最新の工法では耐用年数も強度も確保されているが、実質的な使用可能年数は鉄筋コンクリート造や鉄骨造にはおよばないともいわれている。保守・機能維持のためのノウハウも確立されておらずランニングコストも不透明で、精度の高い長期修繕計画を策定するのも難しそうだ。木材の確保についても同様で、規格化された材木はともかく規格外の資材の確保は現状でも苦労しているという。
こうしたデメリットまで受け入れる、あるいは解決できるのであれば、大規模木造建築の未来は限りなく明るいといっていい。欧米では木造の高層ビル建築計画がいくつもあるといい、日本でも法律と社会状況が許せばそう遠くない将来に実現できるだろう。機能のカタマリといわれる大規模高機能型物流施設だって、そのうちできるかもしれない。画一的な四角四面の倉庫が立ち並ぶ景色も好きだが、できることなら巨大な木造倉庫も見てみたい(結局そこに行きつくわけだが)。年月を経た木の外壁が微妙な色合いに変化したりして、それもきっとすてきな眺めなんだろうなあ。
久保純一 2017.02.20