うれしいうれしいテナント退去 
テナント退去が嬉しくてしかたない。そんな話が今、不動産オーナーのあいだで交わされている。入居者が退去すれば、ふつうは悲しくなるはず。それがなぜ嬉しいのか。理由は意外と簡単で、賃料を上げて入居者を募集できるからだ。
ここ数カ月、都内のテナントビルの空室率は過去最低の水準にある。都心部のオフィスビルに至っては1%台という空前の数字を記録し、募集賃料も上昇を続けている。いわば売り手市場で、オーナーとしては強気に出たいところ。とはいっても、既存のテナントに賃料値上げを了承してもらうのはそう簡単ではない。これまで安かったものが高くなるのだ。誰だって断りたい。
入居テナントに対する賃料値上げは契約更新時か、定期借家であれば再契約の交渉時に行われる。オーナーからしてみれば、気心の知れたテナントにそのまま入居してもらいたいと思うもの。しかしそれはふつうの時の話で、今の賃貸不動産市場はもはやふつうではないのだ。
筆者が見聞きしたところでは、都心のオフィスビルでの既存テナントに対する賃料値上げ幅は10%ほどが多いようだ。定期借家の契約期間が5年として、5年で10%の賃料アップなら妥当なところだろう。大手仲介会社が発表している賃料相場の上げ幅ともおおむね合致する。
しかし現在の物件不足は、相場を大きく上回る賃料をも現出させつつあるようだ。スペックや条件にもよるだろうが、賃料20%アップでも借り手がつくという声も聞こえている。
では既存のテナントに対し賃料20%アップを提示すればという考えは、それはそれで短絡的すぎるのかもしれない。いくら売手市場とはいえ、継続して入居してくれているテナントに対して大幅な賃料アップは言いだしにくい。この先も長期にわたって入居してもらうことを考えれば、無理は言えない。だからこそ、自ら退去してくれるのが嬉しいのだ。
要するに、入居中のテナントには言いにくいが新規の入居者には何の躊躇もなく賃料を提示できる、ということ。
「テナントの退去がこんなにうれしいなんて」
みなさん冗談めかして言うが、どうやら本音が混じっている。
久保純一 2019.02.05