株式会社EMPIRE 代表取締役 北川大輔 ― 挑戦者に聞く 第6回(前篇) 
【対談】過去を断ち切る前に進む大切さ
株式会社EMPIRE 代表取締役 北川大輔
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株式会社イーソーコドットコム 代表取締役 早﨑幸太郎
日本独自の就労スタイルともいえる終身雇用が崩壊してから10数年。転職をキャリアアップにつなげるという働き方はすでに一般化したといっていい。だが、何がキャリアアップになるのか、その選択がキャリアアップにつながるのかという問いに、普遍的な答えはない。転職をキャリアアップにつなげられるか否か、全ては自分次第である。
「進み続けるということは、変わり続けるということ」。
株式会社EMPIRE代表取締役・北川大輔氏が語る。
【右】北川大輔:株式会社EMPIRE 代表取締役
【左】早﨑幸太郎:株式会社イーソーコドットコム 代表取締役
【撮影場所】田町 AZITO
写真家からIT企業経営へ はじまりはニューヨーク
早崎:北川さんの経歴を拝見すると、斬新な転職というか、転身ですよね。それも才能が必要な世界で、実力が苦しくて転身したのではなく、あえて別の道に踏み込んで行かれたような。
北川:高校を卒業してニューヨークの大学に行って、映画・映像を学びました。国内ではみんなと同じことしかできない、画一化されたものは面白くないと思って海外の大学に行ったのですが、最初の大学は合わなくて。それで編入してニューヨークの大学に行きました。
もともと映像に興味があって、映画を学ぼうとしていました。映画フィルムは1秒間に24コマ撮っているのですが、それならばその24分の1を学ぼうと、写真を撮り始めます。その過程で割と有名な写真家の人たちと知り合うことができて、あるCMディレクターから来いと言われたのがきっかけで映像の仕事を2年ほどやりました。
ニューヨークに事務所を持つ日本のアーティストエージェンシーにも所属して、そこから写真もやらないかというオファーをもらって。それからは、写真も仕事としてやりはじめました。
早崎:自分から望んではいたものの、結果として出会いがきっかけになっているのですね。才能はもちろんですが、自ら何かを生み出すのに長けているというか。それを掴んで自分のモノにして、しかも自然と人とつながっていく。そんな能力に長けている気がします。いい意味で変人というか。
北川:変とはよくいわれますね。
早崎:私はごくふつうの大学生として生活を送ってきたので、北川さんのようなご経験には興奮してしまいます。
自分で会社を経営して多くの経営者にお会いする機会が増えてくると、みなさんパワーやバイタリティを持っていると感じさせられます。北川さんも、もともとそういう、自分を鼓舞する何かを備えられていたのではないでしょうか。カメラマンとして実績も挙げてこられたなかで、どのようなことがやりがいにつながりましたか。
北川:お答えにはならないのかもしれませんが、写真はよく瞬間を切り取ると言われます。多くのカメラマンやカメラマンになりたい人たちはそう思っているかもしれませんが、写真には違うアプローチもあるのです。私の場合『こういうふうに撮りたい』という絵がまず頭の中にあって、それを具象化します。そこでいかに人が見たことが無いイメージを見せるかというのが面白い。これは偏ったイメージの押し付けとも言えますが。
早崎:誰も見たことがないものをカタチにする、というのがお好きなのですね。それがやりがいというか、自分の仕事につながっていく。
北川:そうですね。クリエイティブとか、モノをつくるというのはそういうことだと考えています。
早崎:それだけ写真やクリエイティブな世界に対する思いがあったのに、なぜ今の会社を。
北川:私が今やっているのはいわゆるIT系の仕事です。コンピューターといってもさまざまなものがありますが、私が学生のころあるインターネットサーバーが無料で使えるようになりまして、それで遊んでいたのがいつのまにか世の中に必要とされるようになったというところです。
大学でレポートを提出する際、自分のコンピューターを持っていない人は研究室のメインフレームにログインして、そこのテキストエディタでつくったレポートをプリントしていました。その後、UNIX環境に移行して同様にレポートを提出していたので、最低でもその程度のスキルは必要とされていたのです。
早崎:私も前身がITで、あるコンピューターメーカーに出向していました。IT系は分野が広くて、そのぶん高い専門性が必要とされます。具体的にはどういった分野からはじめられたのですか。
北川:写真家をやっていくなかでだんだんwebの仕事が増えてきまして、そのなかで動画サイトのサービスをはじめました。フェアユースというのですが、公的かつ非営利な利用には著作権は及ばないという考え方をもとに映像や音声を公開して、教育とか研究に使ってもらおうというサイトです。例えば航空機事故の際のボイスレコーダーの音声。これは基本的に公開されているのですが、検索してもどこにあるのかわかりにくい。そこでこれを探してきて公開したのがはじまりです。
最初は航空機事故に関するものを扱っていたのですがそれが大きくなっていって、やがてハイスピードカメラで撮影したさまざまな実験のスローモーション映像や、深海生物の映像なども探してきて公開しました。当時マルチメディアという概念が発達してきてこともあって、映像や音楽をつくるのではなく、これらを組み合わせることによって新しいアプローチができるのではないか、そういう考えのもとに動画公開サイトをはじめました。
早崎:これもアメリカですか。
北川:そういえば、映像から写真、そして今の仕事に繋がるITまで、すべてアメリカからはじまっていますね。
AIR アメリカで見た倉庫の格好よさ
早崎:現在のオフィスを選ばれたのは倉庫っぽさに魅かれたとのことですが、倉庫が格好いいという考え方もアメリカで。
北川:私がニューヨークではじめて住んだのも倉庫だったのです。アメリカでも倉庫に住むのは厳密には違法だったようなのですが、それでも倉庫を改装して使う文化がありまして、あえて中に人がいる建物だということがわかるよう「AIR」と書かれたプレートをだしておくのです。AIRは Artist in residence の略で、「AIR 7」と書かれたプレートが倉庫の入り口にでていたら、この中にアーティストが7人住んでいるという意味です。これで、火事になった際なども救助作業が行われるわけです。
早崎:倉庫を扱っていながら言うのもおかしいかもしれませんが、はっきり言って倉庫の中は住む環境として快適ではありませんよね。
北川:冬は寒いですしね。ただ理由もありまして、倉庫なら写真を現像する暗室が作れますし、作業スペースもとれます。撮影スタジオにもなります。ある程度の不便さはありますが、自分のやっていることにどっぷり浸かりながら暮らすことができるというメリットの方が大きいですね。
早崎:やっぱり普通の家では活動しづらいのですね。どのくらいの期間住んでいたのですか。
北川:薬品の臭いもしますし、スペースもとりづらいですし、普通の家では近所迷惑にもなりますしね。
最初の倉庫には2年いました。でもその後、また別の倉庫に移ったのです。
早崎:ほんとうにお好きなのですね。それにしても海外ではニーズも物件もあるのですね。
北川:日本に帰って来てからも探したのですが、そういった倉庫はあまり無いですね。日本でもたまに倉庫で活動しているアーティスト系の人たちもいるのですが、私は縁がなくて。やがて事業をはじめて事務所を探すとき、やっぱり倉庫だろうと。で、この第3東運ビルに決めました。
早崎:まさに北川さんのような方をターゲットにしていましたので、これは嬉しいですね。実際に入居されて、オフィスの居心地はいかがですか。
北川:最高ですね。まず内装を自由にしていいというのが珍しいですし、じゃあ倉庫っぽくするために床のタイル剥がしますか、といってくれるオーナーはまずありません。入口にラウンジがあって雰囲気もいいですし、入居しているテナントさんも和気あいあいとしていて。来社される方も「面白いところにオフィスかまえたね」と言ってくれて話題にもなっています。
仕事の内容や気分によって働く環境を変えることができるのもいいですね。天気のいい時は屋上での業務も気持ちいいですし、集中したい時はラウンジ内に籠れるボックスがあります。最近は仕事量も増えてきて働く環境をより大事にするようになっていたので、こうした環境づくりにはひじょうに共感しています。それに建物や設えだけではなく、ミーティングルームなどの機能、スタッフさんの対応の良さなど、ファシリティ面での付加価値もあります。ミーティングルームにモニター等が欲しいと相談させていただいた際は、数日で環境を揃えていただき驚きました。
早崎:ありがとうございます。スタッフも喜びます。
北川:それと、入居して大きく変わったのがリクルーティングですね。ここに来てから弊社で働きたいという方が増えたのです。職場の環境がいい、働きたくなるようなオフィスに入っているというのは、リクルート面でとても重要です。そして、こういったオフィスに入っているということ自体が私たちの信用力にもつながっているのです。私共にとっては非常に価値のあるオフィスです。
「おもしろい」が起業のきっかけ
早崎:現在代表を務められている株式会社EMPIREの設立は、やはり先ほどの映像共有サイトがきっかけで。
北川:いえ、もう少し前段階があります。私は写真家としての仕事もしていたのですが、そのクライアントである出版業界が衰退していく一方、ITが注目を浴びて拡大していくといわれるようになりました。このまま写真をやっていくのか、もしかしたらITもおもしろいのではないかと考えまして。お金がなくなっていく、小さくなっていく、制約が多くなっていく業界でこのままやっていくのか。それともこれからマーケットが大きくなっていくところで技術を磨き、おもしろいものをつくるのか。ちょっと観念的ですが、その判断がターニングポイントというか、ITにシフトした理由になるのでしょうか。
早崎:現在はどのような業務を。
北川:代表的なサービスは、日本に入っていないような最新技術を使ったシステムの構築とコンサルティングです。この業態は米国でブティークコンサルタントと呼ばれています。海外では一般的に使われているオープンソースの技術でも日本では知られていないものが少なくないので。とはいえこちらから売り込むことはあまりなく、クライアントに会った際に「面白い技術がありますよ」と紹介する感じです。海外の技術を導入したのに効率化できていないと、コンサルティングを依頼されることもあります。またシステム構築の依頼を受けた際などに、海外の新しい技術を使ったテストモデルを作って提案したりもしています。ブティークのように感度が高く必要な技術や製品を並べている、そんな技術コンサルティングだと考えていただくとイメージしやすいのではないかと思います。
早崎:やっぱり新しいモノに魅かれるものがあるのでしょうか。アーティスト性というかクリエイティブ性というか、何か新しいモノを生み出すという点は写真家時代から変わっていないのですね。
北川:新しいモノというか、やはり何もないところから創り出してみたいという思いはあります。そういう点では、写真家とITには共通性があるかもしれません。
早崎:それに北川さんがやられているような、新しい技術を生み出すような仕事は、IT業界のなかでも難しい分野です。IT系といってもそこに踏み出す人はあまり多くないですよね。
北川:でも面白いですね。日本のIT業界は、ある特定のフォーマットに対してサービスを提供することが、ひとつの分野として成立していますから。私がやっているのは、既存のフォーマットの上に新しいモノを持ち込むことです。サービスを提供するというのとは少し違います。
早崎:しかし既存のフォーマットをベースにしたビジネスでは、大きな成長はなかなか難しいのではないでしょうか。新しい技術を創ってそれを売り込んでいこうという北川さんの戦略は、むしろブルーオーシャン市場に挑戦できる気がします。
北川:しかしリスクも高く、開発には時間もかかります。それにどこにフォーカスしていくか、リソースをどう割いていくかという課題もでてきますので。やはり既存のフォーマットをベースにした方が確実性は高いですね。
早崎:確かに。技術系ですと人的リソースの問題もあります。昨今のIT業界は人手不足で、実際に開発できるスキルを持った人材は多くありませんから。といってイチから育てるのもコストがかかります。リクルートはどのように。
北川:今はそれほど多くないメンバーでやっていますので人材に困ったことはありません。
今のメンバーはもともと仕事仲間だったり、仕事をしてきた中で紹介されたりとか、そんな風に集まってきました。あとありがたいのは、我々と一緒にやりたいと飛び込んで来る人もいることです。先ほども言いましたが、今のオフィスに移転してからというものほんとうに働きたいという方が増えたのです。私たちといっしょに働きたいというより、ここで働きたい、という感じなのかも知れませんが。
早崎:ありがとうございます。それにしても向こうから来てくれるというのは何よりですね。 人材を見るときはどのような部分を大切にしていますか。採用時と、育成する上で心がけている点など。
北川:採用するときは、それほどスキルは重視しません。やっているうちに覚えていきますし、目標までまっすぐ進んでいるかどうかはまわりが見ていますから。ですから何ができるかよりも、何がやりたいかを重視します。ITやプログラミングなどについては、特殊な技能ではなく誰でもできるようになりますし、私がその見本です。それよりも、何かやりたいと言ってきてくれた人に対して、当社がそのサポートをできればなと考えています。
(後編へつづく)